京都见闻3 金阁寺

2007-09-28 来源:交大BBS  【 评论:0 收藏

上周末意外获赠金阁寺门票,于是周日下午去了一趟。

金阁寺离住的地方并不远,但去的过程如同爬山,足足花了半小时多才到。进门之前可以看见某个山头上有“大”字型图案,估计是大字篝火。

金阁寺的门票是400円,门票其实和一张符差不多,只要保存的好,可以反复用。

进入金阁寺后才发觉金阁寺其实很小,加上各国的旅游团就已经水泄不通了。(其中说中文的不少,还有说上海话的,听到家乡话真好啊)入门就可以看到一栋金光闪闪、金碧辉煌的小建筑,也就是金阁。我们在各个角度都拍了几张,不过由于是阴天,没有什么好的效果。接着顺路而上,(其实进去后沿着路走就可以了,只有一条路)各个小景点都看了看,还有拍照,看看出售什么纪念品之类的。

就这么逛了一会,不到1小时就结束了。除了金阁和生态非常好的镜湖池之外,没有什么影响特别深的。日本的东东还是小啊!

ps

鹿苑寺(ろくおんじ)は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺院。寺名は足利義満の法名にちなむ。通称金閣寺(きんかくじ)、山号は北山(ほくざん)。1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録された。中心となる建築物である舎利殿を「金閣」、寺院全体を「金閣寺」と通称する。

歴史
通称「金閣寺」の由来となった金閣は、漆地に金箔を押した三層の建物で正式には舎利殿と称する(金箔を貼るのは二・三層のみ)。初層・二層・三層のそれぞれに異なる様式を採用した特異な建築で、初層は寝殿造風で「法水院」と称し、二層は住宅風(武家造)の「潮音洞」、三層は禅宗様の仏殿風で仏舎利を安置し「究竟頂」(くっきょうちょう)と称する。屋根はこけら葺きで上には鳳凰が飾られている。


この地には、鎌倉時代の元仁元年(1224年)に藤原公経(西園寺公経)が西園寺を建立し、あわせて山荘を営んでいた。これらは公経の子孫である西園寺家が代々所有していた。同氏は代々朝廷と鎌倉幕府との連絡役である関東申次を務めていたが、幕府滅亡直後に当主・西園寺公宗が後醍醐天皇を西園寺に招待して暗殺しようと企てたという容疑がかけられて処刑されてしまい、西園寺家の膨大な所領と資産は没収されてしまう。このため、西園寺も次第に修理が及ばず荒れていった。

1397年(応永4年)、足利義満が河内国の領地と交換に西園寺を譲り受け、改築と新築によって一新した。この義満の北山山荘は当時「北山殿」、または「北山第」と呼ばれた。邸宅とは言え、その規模は御所に匹敵し、政治中枢の全てが集約された。義満はここで一切の政務を行った。その後、義満は征夷大将軍を子の義持に譲ったが、実権は手放さず、北山殿にあって政務を見た。義満の死後、義持によって北山殿は舎利殿を残して解体され、禅寺とされて鹿苑寺と名付けられた。

応仁の乱では、西軍の陣となり建築物の多くが焼失した。

鹿苑寺金閣は第二次大戦前から(旧)国宝に指定されていたが、1950年(昭和25年)、学僧・林承賢(当時21歳)の放火により炎上(金閣寺放火事件)。林は寺の裏山で自殺を図った。建物は全焼し、国宝の足利義満像も焼失した。この事件は三島由紀夫の小説『金閣寺』、水上勉の小説『五番町夕霧楼』・『金閣炎上』の題材にもなっている。

現存する金閣は1955年(昭和30年)に旧状どおり再建されたものである。

なお、上層の天井板は「楠天井の一枚板」であったと伝えられるが、焼失のため、現在となっては真偽は定かでない。後に8代将軍・足利義政は祖父・義満にならい、銀閣を建てた。

境内

金閣 - 上記の歴史の項を参照。
方丈 - 江戸中期の建築。
陸舟(りくしゅう)の松 - 方丈北側にある足利義満手植えと伝えられる松。京都三松の一つ。
大書院 - 江戸中期の建築。伊藤若冲の障壁画(襖絵)で知られていたが、保存上の問題から承天閣美術館に移管され(下記文化財の項を参照)、現在は加藤東一によって「淡墨桜図」「大杉図」「日輪図」「月輪図」「鵜之図」「臥竜梅図」「千鳥図」「若竹図」等が描かれている。
銀河泉 - 足利義満がお茶の水に使ったと伝えられる泉。
厳下水 - 足利義満が手洗いに用いたと伝えられる泉。
夕佳亭(せっかてい) - 金森宗和好みと伝えられる茶室。寄棟造り茅葺、三畳敷の席に勝手と土間からなる主屋に、切妻造り柿葺で二畳敷の鳳棲楼と呼ばれる上段の間が連なっている。明治初年に焼失したため、現在の建物は明治7年に再建されたもの。平成9年にも解体修理を行っている。なお三畳敷の床柱は茶席としては珍しく南天の木が用いられており、殊によく知られている。
庭園 - 金閣を水面に映す鏡湖池を中心とする池泉回遊式庭園で、国の特別史跡、特別名勝に指定されている。鏡湖池には葦原島、鶴島、亀島などの島々のほか、畠山石、赤松石、細川石などの奇岩名石が数多く配されている。

文化財

重要文化財

絹本著色足利義満像(応永十五年六月足利義持賛)・絹本著色足利義満像(義満
の和歌三首あり)
絹本著色達磨図
大書院障壁画 伊藤若冲筆 宝暦九年の年記がある
紙本墨画葡萄図(葡萄之間)(一之間)15面
紙本墨画松鶴図(松鶴之間)(二之間)8面
紙本墨画芭蕉図(芭蕉之間)(三之間)12面
紙本墨画鶏及秋海棠図(四之間)11面
紙本墨画竹図(狭屋之間)4面
木造不動明王立像(不動堂安置)(西園寺護摩堂旧本尊)
子元祖元高峰顕日問答語 
慈聖院并寿寧院遺誡
伊藤若冲の障壁画をはじめ、大部分の指定文化財は本山である相国寺が管理しており、承天閣美術館で保管されている。

鹿苑寺は世界遺産(古都京都の文化財)に登録されており、庭園は国の特別史跡、特別
名勝に指定されている。

作者:superbird

Tags:  
  • 评论总数: 0[ 查看全部 ] 网友评论
    和风日语banner
    和风日语公告:
    搜索: 您的位置首页 > 东渡扶桑 > 生活感触 > 京都见闻3 金阁寺